朝夕日記

現在スイスジュネーブ在住。ものすごくどうでもいい身辺雑記です。

色々な事の最中の話…オマケ。

6月も終わりに近づき、街もだんだんと戻ってますが、皆、第2派が来る前に遊んでおこうと思っているのか、若い人は浮かれ、老人は息を潜め、飲食業の人々は必死、と何だか不思議なムードです。

今回のことでニュースが暗くあまり楽しくはなかったのですが、このせいで久しぶりに友人と連絡をとったりと嬉しい事もありました。

スイスに住んでいて分かってはいたのですが改めてスイス政府の身も蓋もない合理性には感心。

段階的に再開となったときにまず真っ先に再開されたのが、対面で一対一で行うサービス全部。(これは感染しても人数が少なくコントロールしやすいためらしい)したがって、レストランはだめでも美容院、理髪店、タトゥーショップやマッサージ、売春はOK。一瞬?なラインアップ。濃厚接触じゃないかなあ、と思ったのですが、接触の度合いではなく人数だそうで。サービスの中身なんぞ政府は関係ない、な割り切り方が非常にわかりやすかったです。

ちなみにこの後、スーパーに買物に行ったら、男性だけの行列があり、よく見たら理髪店の前でテープを張って間隔を開けながら順番を待つ人達でした。全員妙に髪がボサボサなのがおかしかったです。

物も少なくはなってましたが、スイスの流通は比較的落ち着いてました。元々国防のため、生活必需品は常に3ヶ月分の備蓄を政府が保つことになっているので、ストックはあったそうです。友人からの情報では、以前その備蓄品のリストからコーヒーを外そうとしたら、国民から大反対があり、結局コーヒーの備蓄は続くことになったそう。

ドイツに引退した友人と電話で話したら、ドイツ人は買いだめする傾向があるため、トイレットペーパーなどがかなり品薄になったそう。「備蓄があるから大丈夫と思ってたけど、さすがに少なくなってきたので結局朝7時に並んで買う羽目になった」と嘆いてました。彼女のお父さんは「もう私はメルケルの言うことだけを聞く。他はしらん。」と言い放ち、メルケル首相が外出はするなといえば家に篭もり、メルケル首相が外出制限の緩和を発表したら会いに来たそうです。どこまで信頼されているんだ、メルケル首相。

ちなみに同僚のイギリス人は全員嬉々としてボリス・ジョンソン首相の悪口を言いまくってました。アメリカ人はトランプ大統領のニュースが出るたびに悪口を言う気力もないぐらい落ち込んでいるし、色々と大変な3ヶ月でした。春に籠もりはじめ終わってみれば外は夏です。

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個人的には手を出していなかったお菓子作りを初めてしまったのが最大の変化でしょうか。3ヶ月の間にゼリーから始まり、ケーキを4回焼いたりと、夜中に一人で楽しんでました。そして3月には芽吹いたばかりだったバルコニーの大葉もすっかり収穫の時期になりました。虫食いだらけですが、味は変わらないので問題なしです。

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未来は不確定ですが、それはこの騒動の前も同じでしたしね。とりあえず夏を楽しもうと思います。

色々なことの最中の話。その3

さて、6月。

スイスは今月から積極的に日常を戻そうとしています。相変わらず思い切りが良いので、それが良いか悪いかは別として、政策にあまり曖昧な所がありません。お国柄って本当にこういう時に色々と出るよなあとEU全体を見ながら感心してます。

さかのぼって4月はイースターまでは本当に緊迫して雰囲気が街全体に漂ってました。感染者数も増える一方だし、薬局とスーパーしか空いていないし、街には本当に人がいない異様な雰囲気。ヨーロッパの他の国々でも良いニュースがなく、イギリスの首相、Boris Johnsonが陽性の発表を筆頭に悪いニュースが溢れていました。ただイースターが終わった頃から少しづつ空気が変わったような気がします。

4月の終わりには生活必需品以外の物をスーパーが売り始め、今までは閉まっていた生花のエリアがオープン。ついつい買ってしまった花束が↓。

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チューリップではちょっと物足りなかったので、カラーを買ってみました。お部屋の雰囲気が変わって一息ついた感じです。5月1日のメーデーは鈴蘭を売る習慣がフランスにはあるのですが、今年もちゃんとフランス語圏のジュネーブでは無事に販売されました。香りが高く何だか日常が戻った気がしたものです。

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街中の人の数がだんだん増え始め、後はこれがどのぐらい続くかといった話になってきたのが5月。さらに6月はどうやって日常を回復させるか、がテーマになっていくようです。ただ今年はどうやったって、リモートでの仕事が中心になるんだろうなあ。

この間色々とビデオ会議、オンライン飲み会と仕事も遊びもネット中心でした。元々インドア派なので、自分のメンタルはあまり心配してなかったのですが、やっぱりというか、だろうなというか、ネットさえあればいつでも引き込もれる自信が。むしろ外に出るのが面倒くさくなってきました。次回はこの覚書の最後としてロックダウン最中のちょっとした笑い話や出来事をを書き留めておこうと思ってます。

色々なことの最中の話。その2

さて覚書の続き。

3月17日からほぼ家の中での生活が始まる。賑やかなエリアに住んでいるのですが周りが驚くほど静かになりました。最初の2週間は救急車の音がよく聞こえてました。ジュネーブは感染者が多く、初期はかなり医療機関に負担がかかっていたようで、検査の数も抑えていたようです。

アパートのエレベーターには張り紙と掃除用品が置かれるようになり、「使ったら掃除してください。消毒液は持ち帰らないでください。いつ掃除したか記入してください」と書いてありました。ちなみにいまだかつてないほどピカピカになっていたので、使ったら悪い気がするし、運動不足に丁度いいか、と階段を使うようになりました。

一人暮らしなので自宅待機は気楽でしたが、今回はアレルギーシーズン真っ只中だったため、アレルギー持ちとしてはちょっと微熱があったり、だるかったり、咳をしたりするたびに「これはコロナ感染なのか、そうでないのか」と一人で自問自答してました。何があっても最後は「そんな気もするし、そうじゃないといえばそうではない」と禅問答みたいになっていくのがおかしかったです。「とりあえず家の中にいればどっちのケースでも大丈夫」と初期は買い物にも行かずほぼ家で過ごしてました。

ビデオミーティングの前とかにフランスに住んでいる同僚たちの状況を聞くと「住所と外出理由と時間を記入した指定の書類を持ってないと犬の散歩でも罰金」だそうで、「それってプリンター持ってない人はどうするの?」と聞いたら「わかんない。でもフランス人はこれぐらいしないと言うこと聞かないから」と主にフランス人は割とあっさり納得してました。フランスに住んでいる外国人はそこまで納得してなかったようです。

ちなみに2週間後には携帯に用紙をダウンロードして記入出来るようになり、印刷する必要はなくなったのですが、さらに罰金の額も上がり、散歩は自宅から1キロ以内と前より範囲が狭くなってました。多数の違反者がいたため、さらに厳しくしたそうで、言うことを聞かないのはあたっていたようです。同僚のドイツ人は「犬のいつもの散歩コースが自宅から1キロと200メートル何だけど罰金対象になるのか?」と悩んでましたが、犬に200メートル余分だから、と言ってもわかるわけがないので、「何も言わなきゃ大丈夫」と自信を持ってアドバイスしていたのはフランス人です。

スイスは比較的ゆるく、外出にそこまで制限はないものの、スーパーと薬局以外はすべて閉まっているし、皆ちゃんと外出は控えていたようです。4月に一時帰国予定でしたが、飛行機は軒並みキャンセルだし、ジュネーブ空港は職員の間で感染拡大があったため利用が制限されているしで、あっさりとキャンセルになりました。

最初の一ヶ月は家にいるのに意外と忙しかった印象。ちなみにすべての店が閉まる前にたまたまNintendo Switchが売っているのを見かけ、こっそり購入。発売日前後は忙しくて手が出ませんでしたが、3月の最終週には無事に「あつまれ、動物の森」をダウンロードしてプレイ開始。楽しく無人島生活をスタートさせたのでした。

www.nintendo.co.jp

まだ色々と続いているので、4月からの話はまた次に。

色々なことの最中の話。その1

3月16日から始まった自宅勤務ですが、当初はとりあえずEasterが終わるまでぐらい(4月13日)と言われてました。イタリアの現状を見て、最低1ヶ月、最長は…どうなることやらと言った話もあり、まあとりあえず1ヶ月ね、な感じで全員在宅勤務の日々がスタート。

この機会に今まで放っておいた、地道が作業が進むかな~と持ち帰った書類を見ながら呑気な考えでスタートしたのですが甘かった。皆の妙な張り切りと意欲(主に上司)を舐めてました。ちゃんとルーティンがあったほうがいいから、と今までは一ヶ月に一度ぐらいしか会ってなかった上司がこれからは毎朝9時半にマネージメントミーティングだ!と張り切ったおかげでその後からとにかく怒涛のビデオミーティングの日々が始まる。

朝から晩まで酷い時は6、7回ミーティング。結局終わったら一日終了。私の仕事って何だっけ?な状態に。最初の週の終わりにたまりかねて、ミーティングの無い日を週に一日作ってくれ、とこれまたミーティングの最中に言ったら、こっそり同僚数人から感謝のサインが送ってきました。

家族持ちは学校が無いから子供が家にいるし、急に決まったから仕事環境のセットアップもグダグダだし、週に一回ぐらい自分でペース配分出来る時間をくれって感じです。ちなみに私は腰が痛くないポジションを探すため、会議しながら家の中でPCの引っ越しを2回ぐらいしてました。

在宅って自分のペースで仕事ができたはずなのになあ。全員が在宅だと結局人のペースに巻き込まれるのかと妙に感心。メールの返事が早いのはありがたいし、色々情報交換出来るのは助かるけど。

個人的には一日中家にいるおかげで我が家のバルコニーでくつろいでる猫が前から見知っていたより多いことが判明。入れ替わり立ち替わりやってきて、くつろいだり、喧嘩したり、マーキングしたりとかなりのやりたい放題。数えたら6匹は来てました。集会所じゃないんだから。ふと外を見ると↓のように思わぬところに猫がくつろいでます。

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仕事以外の事を話すチャットページが出来たので猫によるバルコニーの不法占拠の話を写真付きで紹介したら、妙にウケる。「猫はソーシャルディスタンスを守ってるのか?」とか「スイスは不要の外出に罰金がないからじゃないか」とか勝手な事を言ってました。まあ、皆、無駄話に飢えているようです。白黒の猫たちの他には↓のようなシャム猫系も登場。これ一匹かと思ったらお友達を連れてきて、シャム系は2匹いることが判明。

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他にもアパート内の話とかスーパーの話とか色々書き留めて置きたい話もあるので、一旦ここで終了。また時間が出来たら続けます。

色々なことが起こり始めた時の話

という訳で覚書の続きをもう少し。

楽しくロンドンから帰ってきた後、2月最後の週末からイタリアからのニュースが悪化し、スイスにも影響が出始める。国内での1000人以上の集会が禁止となり、3月5日から開催予定だったジュネーブのモーターショーがキャンセルに。職場でも上部の様子が妙に慌ただしくなり、在宅勤務を増やす準備をするようにとの指示。ただしこの時はまだ全員100%になるとは考えてはおらず、自宅で業務が可能な人は、との話でした。

さらに全員在宅勤務になった時のために、業務上どうしても職場に来る必要がある人間のリストを提出。「使う必要がないと良いとは思うけど、万が一のことを考えて」とは上司のコメント。特に感染が酷いイタリアの北部、つまりスイスのとの国境付近が封鎖される事になり、それを恐れた人たちが大挙して国内、及び国外に移動したのが3月6日からの週末。これでは病気が広がるばかりだ、と月曜日にイタリア政府は全国的なロックダウンに以降。

そこからあっという間に周辺国も状況が悪化し始める。私の職場は国際会議が多く、この間もずっと会議は開催中。直接的に関わる業務では無かったもの、同僚たちと「カフェテリアとか皆が使う施設は危ないよねえ」と話すことが多くなる。とにかく物凄いスピードで状況が変わるので、いつもの業務だけこなすことに集中。

3月12日の木曜日には在宅勤務のテストをするため、職場のラップトップを持ち帰り金曜日は家で仕事。その週末に職場からメールがあり、スイスが17日からロックダウンになるため、16日から100%在宅勤務に以降するようにとの指示。ただ16日には職場に必要な物を取りに行くことは可能、との事だったので、とりあえず歩いて行って、必要な物をピックアップして状況の確認。帰りに公園を通ったら、外の騒ぎなど関係なく、綺麗に桜が咲いてました。

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さらにこの夜、フランスも17日からロックダウンの発表。

3月17日からビデオ会議だらけの日々がスタート。フランスのロックダウンはそうとう厳しく、外出も書類を持っていないと駄目、とかフランスに住んでいる同僚たちは国境が渋滞のため、職場から必要な物を取りに行くのもままならない状態、とか息子がスイス軍の将校の同僚からは、「軍は事態が収束するのは6月までかかると見ている」とか画面越しに情報が飛び交う。

親類の結婚式でオーストラリアに帰国中だった同僚はとりあえずオーストラリアから在宅勤務することになったり、フランスの親に会いに行っていた同僚はスイスに帰ってこれずに待機とか、ここからガラリと皆の生活が変わることなる。というわけで、ロックダウンが始まってからの話はまた後ほど。

色々なことが起こる前の話。

3月の半ばから世界的に諸々が急激に変わったので、覚書として少し書いておくことに。

思えば我が家の猫たちが亡くなってから、ブログも精々月イチとなり、ここ数年はあまりちゃんと生活を記録することもなかったなあ。

色々と起こる前としては、まず2月22日に久しぶりにBABYMETALのコンサートを見るためにロンドンへ。この日は本屋に行ったりしてゆっくりと過ごす。久しぶりに本をいっぱい買い込んで満足。

翌日はコンサート当日。これまた久しぶりの現在ブタペストに駐在中のOちゃんとホテルで合流。この週末のロンドンは複数の主要な地下鉄の路線が補修工事中とかでやたら歩くことになりました。二人で仲良く鼎泰豊で点心を食べたりしてからEventim Apolloの2階席へ。もう年なので、1階席で大騒ぎは無理。でもすごくよく見えるよい席でした。ちなみに外観はこんな感じ。キャパ5千人以上でソールドアウトは立派。

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ビールを飲みながら前座のCreeperを鑑賞。WikipediaによればイギリスはSouthampton出身のパンクホラーバンドという謎のカテゴリー。でもボーカルの声は好みだったし、曲も良かったので満足。ちなみにこの会場、バーでもどこでも現金での支払いは一切受け付けていないそうで、昔はこういった場所は「Cash only」の方が多かったのに時代は変わったなあと感慨にふける。

↓がCreeper のステージ。スクリーンもコンパクトで中々にシンプルなセット。

 

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本番のBABYMETALはというと、↓のようなステージ。さすがメインアクト、立派なものでした。

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5千人が盛り上がり、コンサートは終了。大満足でホテルへ。この一ヶ月後にはすべてのコンサートホール、バー、レストランが閉鎖となるとは誰も思っていなかった一日でした。

疲れ果てた次の日はOちゃんと二人、ゆったりとホテルでアフタヌーンティー。昼から飲むProseccoは美味しかった。

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夕方にはジュネーブに戻り日常へ、なのですが3月に入ってからすぐに日常がおかしなことになり始める。最後はイギリスの薔薇の写真で和んでから、おかしくなった日常の続きはまたのちほど。

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2020年になってしまった。

遅ればせながら、本年もよろしくお願いいたします。

なんだかボケッとしていたら、あっという間に2020年となり、お正月、節分、そしてバレンタインまで終わってしまいました。ビックリです。

年末は従姉妹が親子でパリに来ていたので一緒に年越しをしました。丁度ストやら何やらでジュネーブから往復の列車のスケジュールがメチャクチャになって大変でしたが、着いてしまえば楽しかったです。

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↑はホテル近くのPlace de la Bastille。相変わらず賑やかでした。年末から新年はほとんどの場所が休みなので、観光はモンマルトルの墓地を訪ねたりして過ごす。初めてNijinskyのお墓参りをしたら、未だにちゃんとお花がお供えしてありました。

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墓地を彷徨っていたら、霧が出てきて、パリ観光というよりはバイオハザード(リメイク版)の館の墓地な雰囲気に。

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↑のような荒れた墓所が実に不気味で楽しかったです。

1月中は他にも引退した同僚に会いに新しいLeman Expressという電車の路線を使ってAnnecyまでランチを食べに行く。電車は中々面白かったですが、どうやら長距離バスの方が値段が安くて時間が早いそうな。久しぶりに行ったAnnecyは相変わらず混んでました。

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ことしは暖冬ですが何だか温度が一定ではなく寒暖差が激しい為、やたら疲れる気がします。春はもう少し過ごしやすくなるといいなあ。